研究に対する基本的方針
最先端の分子生物学的手法と細胞工学的手法を用いて、真核細胞である神経細胞の分化と生存維持の細胞内情報伝達機構を分子レベルで全容解明し、高齢化社会における最重要課題であるアルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患の治療薬開発の手がかりを得ることを目指している。
数年前から、神経細胞における神経成長因子(NGF)の作用機構の分子細胞生物学的研究を行い、NGF受容体(レセプター)であるTrkAとp75の遺伝子発現がNGF自身によって正の調節を受けていることを報告し、NGFが正のフィードバック制御を行っていることを示唆した。次いで、モデルニューロンであるPC12細胞を使ったNGFによる細胞内情報伝達機構の解析を行った。PC12細胞はNGFに応答して神経細胞に分化するので、このPC12細胞を使って、NGFによる細胞内情報伝達経路の持続性の研究を行い、NGFレセプターTrkAのチロシンリン酸化およびTrkAの下流の情報伝達経路(Ras-MAPキナーゼ経路)の持続性が神経細胞への分化応答とその応答の速さを決めていることを見い出した。さらに、細胞内情報伝達経路の持続性をもたらす薬剤の研究から、合成ピリミジン化合物MS-430がEGF(上皮成長因子)による神経細胞分化応答と細胞内情報伝達の持続性をもたらすことを見い出した。
NGFは、BDNF(脳由来神経栄養因子)、NT-3(ニューロトロフィン-3)と共に、神経細胞の分化と生存維持に働くニューロトロフィンと呼ばれる神経栄養因子のファミリーに属する。そこで、BDNF受容体(レセプター)であるTrkBを強制発現させたPC12細胞を使って、BDNFやNT-3による作用の細胞内情報伝達機構を解析した。NGFやBDNF等のニューロトロフィンは、分化誘導以外に生存維持作用(細胞死抑制作用)を持っている。このニューロトロフィンによる生存維持作用が細胞内のPI3-キナーゼの活性化によることを報告した。さらに、PI3-キナーゼの活性化に至る情報伝達経路に、IRS-1 (IRS-2) という膜結合型ドッキングタンパク質が関与していることを発見した。また、PI3-キナーゼはアダプタータンパク質Shp-2に結合することを見い出した。
酵母のtwo-hybrid systemは、タンパク質とタンパク質の結合を高感度で検出する手法として、数年前から注目されている。この酵母のtwo-hybrid system(改良法を含む)を使って細胞内情報伝達機構のタンパク質分子のレベルでの解析を行い、2つのアダプタータンパク質Shp-2とSNT2の結合を明らかにした。
この様に、神経細胞の分化と生存維持をもたらす細胞内情報伝達機構の分子レベルでの解明において、多く知見を蓄積しつつある。
民間製薬会社における研究経験を経て関西大学に赴任した。近年の生命科学への関心は高く、特に産学共同での工業化に期待が寄せられている。その両者の立場を理解し得る一人として、自己の満足のみで終わる研究ではなく、世間が認める有用な研究を常に目指したいと考えている。また、研究者自身がその存在価値を問われている昨今、今後も世界の中で最先端の研究を常に追い求める姿勢を崩さず、世界の研究の流れの中で自分の位置を意識し、邁進していく考えを持っている。その為に、今後も世界中の科学者との共同研究も積極的に行っていきたいと考えている。
神経細胞内の神経栄養因子作用メカニズムの解明を精力的に行ってきた。本研究室では、神経変性疾患過程で観察される神経細胞死の基礎過程とそれを抑制しうる神経栄養因子シグナル伝達の解析を中心に行っていくことにしている。本研究室では、世界における神経細胞死と神経栄養因子作用に関する研究をけん引し得るテーマを進行させ、知的財産として社会に還元できる研究を心がけたいと考えている。さらに、最新の研究内容を積極的に教育に取り入れていきたいと考えている。